以下の記事は、福島県厚生農業協同組合連合会(JA福島厚生連)「健康アドバイス」として、過去に掲載された情報のバックナンバーです。
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Dr.メッセージ

いまさらなぜ結核が流行ってきたの?
2003年10月
農協会館診療所
所長 伊勢 重男

[むかし結核いまエイズ]

 最近は、昔聞いたこともない病気が流行ってきていますね。エイズ、O-157、MRSA、ヘリコバクター・ピロリ菌、新型肺炎とかまだまだありますが、一昔前の医学書には載っていない病気が続々と現われてきています。
 こんな病気が現われて社会問題になる度に新聞、週刊誌に報道されるので、世間の関心は皆そちらに向けられています。特にエイズ、O-157が問題になった時、日本中がパニック状態となったことは皆さんの記憶に強く残っていることでしょう。
 ところでごく最近、結核の集団感染に関する新聞記事がちょくちょく載るようになったのに気付きませんか。現在結核なんてもう過去の病気で、ほとんど気を付ける必要のない病気だと思っている方が大部分だと思います。確かに少し前まではそうでした。医者でも結核を知らない人がいる時代ですからね。

[いまさら結核なんて]

 第2次大戦までは、結核は患者がとても多いために国民病とも言われ、結核菌を殺す薬が無かったので「不治の病(やまい)」の代名詞みたいなものでした。ですから結核という言葉は直接口に出すのもはばかられ、単に「肺病」とか「痰(たん)持ち」などと呼ばれていたくらいです。もちろん若い人にも移りますから、今なら差し詰めTVドラマで若い人達に話題となった「神様もう少しだけ」(深田恭子主演)のような悲劇がたくさんあったんですよ。
 しかし、戦後になってストレプトマイシンをはじめ結核菌にとてもよく効く薬が発明されてからは、結核患者はみるみるうちに減ってしまいました。そして、結核を専門とする医師も少なくなってしまいました。結核は不治の病でなくなり、過去の病気と見られるようになりました。いずれは絶滅できると期待されていたのでしたが。

[敵もさる者]

 ところが、結核は予想を越えるしぶとい相手であったのですね。平成7年頃までは患者発生率が下がり続けていたのに、また反転して増加の兆しが現われてきました。ちなみに新しい患者発生をみると、平成9年、平成10年と少しずつ増えてきているんです。これは何故でしょうか。
 明治、大正、昭和の初期に生まれた人達は、たいがいが結核菌を体内に持っていたことがあり、それに対する抵抗力も高まっていて発症しないでいたんですが、高齢化が進むにつれて抵抗力が弱まり、今まで体内に潜んでいた結核菌が暴れ出すようになったというわけです。そして、医師や一般の人々の結核に対する無関心が患者の発見を遅らせ、結局若い世代に移すことになったのが増加の原因と考えられています。

[結核はエイズより怖い?]

 結核は空気感染です。痰やツバに多数の菌が含まれていると、咳やクシャミをする度に空中にばらまかれる。それを側にいる人が吸って感染してしまうわけです。これがエイズと大きく違うところです。エイズは濃厚な接触が無ければ移りませんが、結核は患者の側にいるだけでも感染する可能性があるんですね。(だからといって、むやみに患者を恐れて差別する必要も全然ないのですが)

[後になって悔やまないために]

 結核の症状はいろいろです。主な症状は「咳」「微熱」「痰が多くなる」「血痰」「全身のけだるさ」等でしょう。そのうち特に注意しなければならないのは「カラ咳」です。原因のはっきりしない咳が2週間以上続く時は、結核も念頭において内科ないしは呼吸器科を受診して下さい。また、毎年の住民検診や職場検診をきちんと受けていれば早期発見につながり、大事に至らないことは言うまでもありません。