「継灯式について」、「病院実習での学び」
2015年10月放送
白河厚生総合病院付属高等看護学院 副学院長
鈴木富士子
学生2年 円谷 美涼
学生3年 佐藤 直輝

【鈴木富士子】
 みなさん、おはようございます。先日本校では、「継灯式」という儀式を行いました。以前は「戴帽式」として、初めて病院実習に臨む前に、教員から学生一人一人にナースキャップが与えられ、ナイチンゲールからろうそくの灯火を戴き、ナイチンゲール誓詞を唱える式として行ってきました。
 しかし、皆様もご存知のように、もう看護師は、ナースキャップを着けていません。看護婦から看護師へと名称変更になり、今看護職は男女平等に選択できる職業として確立しました。さらに看護師の職場も病院という医療施設内だけにとどまらず、施設外で働く看護師はナースキャップも白衣も着ない状況です。そして、キャップを形づくるために硬く固める糊が院内感染の原因になる、また、キャップの先端が点滴などのチューブに引っかかって危険であるという問題もあり、今は、ナースキャップを義務付ける病院はなくなってきています。そのため、「戴帽式」をやらない学校も増えてきています。
 しかし、本校では、看護という歴史を紐解き、クリミヤ戦争の時、ナイチンゲールがランプを持って患者を見回ったという(あたたかで・やさしくて・静かで・厳かな)灯を受け継ぎ、看護の道への新たな誇りと責任を自覚してほしいという願いを込めて、白河厚生総合病院がナースキャップを廃止した平成20年から「継灯式」として名称を変えて行っております。
 開催時期は、1年生が本格的な実習を始める前に設定しています。入学後半年を過ぎ「継灯式」を終えたばかりの1年生は、看護師を目指すという意識を高め、その責任の重さを自覚しているところです。
 本日は、1年生の「継灯式」を見守った先輩2年生、3年生の実習での学びを紹介させて頂きます。

【円谷美涼】
 みなさん おはようございます。学生2年の円谷美涼です。
 今回の実習は、緊張したまま臨んだ1年次と比べ、これまで経験することのできなかった患者の葛藤を感じることができました。担当した病棟には、今まで何の障害もなく動いていた自分の身体が、一瞬にして使えなくなってしまった患者が多く、入院して制限を受けることに、ひどく憤りと虚しさを感じている方もいました。「先生や看護師よりも、私が私を一番よく知っている。だから自分と相談して自主練習をしているんです。こんな寝てばかりじゃ駄目なことぐらい私でもわかります。」これは患者の言葉です。患者は、自分でいいと思ってやっているのに、迷惑はかけていないのになぜ注意されるのかと、医療者側に対して不信感を抱いていました。
 私は、この方にとって最善の関わり方とは何だろうか?と、とても悩みました。そして足浴を選びました。足浴は他の技術に比べれば、複雑ではなく、気軽に行えますが、今この患者に必要なのは手で触れて、心を癒すことのできる看護であると思いました。実施後、環境も変えてみようと思い、普段あまり見ることのできない窓際に車椅子を向けました。外の天気は生憎の雨でしたが、いつも小さな窓から外の景色を見ていた患者にとっては、少し刺激になったようでした。湯に足をつけている間、ポツリポツリと思いを話してくださいました。実施後、眉間にあった皺が和らぎ、辛そうだった表情が少し穏やかになっていたように感じました。私はこの患者の反応をみて、これが看護なのかなと少し感じることができました。

【佐藤直輝】
 みなさん おはようございます。学生3年の佐藤直輝です。
 私が実習を行う前にもっていた看護観は、患者や家族の尊厳を尊重して接することができることだと考えていました。人としての尊厳の尊重とは、患者や家族に対して親睦の度合いに関わらず敬語を使用することや、意見を聞く紳士的態度だと考えています。
 今回患者を受け持たせて頂き最初に感じたことは、この患者は本当に終末期なのだろうか?ということでした。年齢は90歳代と高齢でしたが、退院の方向でリハビリをしていることや意識がはっきりしていることで、私には終末期にあるとは見えませんでした。しかし、病態が急変し、意識レベルがどんどん悪化していく姿をみてそれを認めざるを得ませんでした。急変時に「あー」としか言えなくなり、次第に言葉で意志を伝えることができなくなる患者を前にして、もっと話を聴いておけばよかった、もっと関心をもって接していればよかった、と切なくなって涙が出てしまいました。医療者として泣くことはよくないことだと思い、今まで泣くことは我慢していましたが、意志を伝えることができなくなるという現実は、自分にとって辛いものでした。
 実習中、家族の方に「いい看護師になれる」と言われた時には、自分のケアが認められたようでとても嬉しかったです。そのため、口腔ケア、清潔ケアや手浴など自分にできることは心を込めて援助しました。朝病棟に行き、亡くなったことを聞いた時、もっとできるケアがあったかもしれないと悲しい気持ちでいっぱいになりました。
 この実習を通して患者に接することができるこの1日1日が貴重な時間だということを学ぶことができました。今回は、もっと話を聴いていればよかった、もっとできるケアがあったのではないかと後悔を残してしまいましたが、今後は患者や家族の話に耳を傾け、それをケアに繋げて後悔のない看護を目指していきたいと考えています。

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